母の日に、「ありがとう」と言う前に「ごめんなさい」と言いたい理由

今日は、母の日。

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母親に対して、多くの人が「ありがとう」と口に出して、もしくは文字にして伝えるのだろう。

あるいは、既にお亡くなりになられている場合は、仏壇に向かい、手を合わせながら、『ありがとう』と心に念じるのだろう。

ありがとう(有り難う)とは、有るのが難しいということ。

我が子に対する、母の無償の愛がどれだけ稀有なことなのか。

それを心底実感する時、「ありがとう」と伝えるのは、この上なく適切に思える。

ただ、私は、母親には「ありがとう」と言う前に、まずは「ごめんなさい」と言いたい。

 

「ごめんなさい」と言いたい理由

「ありがとう」と言うのは、感謝の意を表すことである。

そして、“感謝”や“謝礼”の“謝”には、“謝る”(あやまる)という意味がある。

そのことが、最初は不思議な感じがした。

そういえば、お礼を伝える場面で、「ありがとうございます」ではなく、「すみません」と(他人)が言うのを聞いたり、自分も言ってしまったりすることがあるが、アレもこのことと関係あるんだろうか。

  • ありがとう=お礼
  • すみません=ごめんなさい=お詫び

 

お礼とお詫びとはぜんぜん違う。

なぜなんだろうか。

思索を深める内に、自分なりに悟ったことがある。

そうか。(何事も)お礼を述べる前に、まず相手に伝えるべきは、お詫びの気持ちなのかもしれないと。

 

母へのお詫び

今日まで、私の為に自分の大切な時間を使ってくれて「ごめんなさい」。

私に時間を使わなければ、もっと他の、自分のことができたでしょうに。

そして。

私を産むまでに、不快や苦痛を味わわせて「ごめんなさい」。

私は男なので、自分が体験してないことは、本当の意味ではわかりません。
でも、妻が出産した際、間近で見ていて、多くのことを感じました。

言葉どおり、我が身を削りながら、体内で育んでくれたんですね。

当然、出産時の激烈な痛みもあったことでしょう。

しかも、生まれたら生まれたで、今度は養育。

乳幼児の頃は、言うことを聞かず、さぞかし手を焼いたと思います。
一日に数回の食事と下の世話。そして入浴。

もしかしたら夜泣きした日もあるのではないですか?

物を散らかしたり、壊したり、ラクガキをしたり、シールを貼ったり。
イタズラをしたり、駄々をこねたり、公の場でギャン泣きしたり。

自分が親になって、色々とわかりました。

ひとりの子を生み、育てるということがどれだけ大変なことかを。
あなたがどれだけ愛情を注ぎ、時間と労力を使ってくれたかを。

安全面や衛生面に気を使うことで、どれだけ気疲れするかを。
病気になった時や怪我をした時、どれだけ肝を冷やすかを。

もちろん、子育てには、大変なこと以上に、日々の喜びと人生の充実があります。
でも、それはそれ。今はその話はやめておきます。

 

親孝行と恩返し

だから、「ありがとう」ではないのである。

まずは、母に「ごめんなさい」、「申し訳ない」と言いたい。

『申し訳ない』と思えばこそ、人生をかけて『恩を返していこう』と思えるのだから。

それは、母親に対してだけではない。

この私を存在させてくれている世界と社会に対して。

だから、今の自分として、もっと価値を生まなければならない。
そして、世界と社会に、価値を提供しなければならない。

そのことで、救われる人が一人でもいれば。
そのことで、変われる人が一人でもいれば。

こんな自分に、何が、どこまでできるかわからないが。

そんな自分で在ることを、母も、そして亡くなった父も、一番望んでいるに違いない。

最後に改めて。

お母さん、本当に今まで色々とごめんなさい。
そして、ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします。

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