親父の背中(ニュースレター「ボスの小部屋」より)

父親に肩車してもらう息子

タテノです。

ボスが、かつてお客様のご自宅に郵送していたニュースレターに、“ボスの小部屋”というコーナーがありましたが、その中から今回は“親父の背中”というエッセイをこちらで取りあげます。

親父の背中

「子は親の背中を見て育つ」とよく言いますが、それに気づいたのがこの歳になってからでした。

 

この歳っていくつなんだって?それは秘密です。

 

まあ、どっぷり中年であるということだけ書いておきましょう。

 

ついつい話が長くなる癖があるので、なるべく短く切り上げるよう頑張ります。

 

昨年、9月11日、皆さんの記憶にも深く刻まれたであろう、あの“ニューヨーク同時多発テロ”の日に私の親父は他界しました。

 

亡くして初めて本当の有り難みって感じるものですね…そんなことになってから、いろいろな思い出が、忘れていた古いおもちゃ箱を何十年ぶりに開けたかのように、ひとつひとつ思い出されてくるのです。

 

その中の一つで、“親父の背中”というタイトルにふさわしい出来事がありますので、お話させていただきますね。

 

それは、私がまだ小学校1年生くらいの頃のこと。親父は氷屋をやっており、神田明神下の料亭に氷を配達していました。

 

神田明神下 昭和 – Google 画像検索

 

その当時はまだ冷蔵庫といっても氷をいれて冷やす程度の木製の箱でした。

 

当時、私は日曜日や夏休みになると、そんな親父の手伝いをさせられたものでした。

 

しかし、配達の途中、朝夕必ず、氷を配達するわけでもなく立ち寄る先が何軒かあるのです。

 

これは後から聞いたことですが、そのお宅は、どれもお年寄りの一人住まいで、毎朝夕、雨戸の開け閉めをしに行っていたんだそうです。

 

 

昔の雨戸は木製で、古くなると重くて、お年寄りが一人で開け閉めするのはとても大変だったんですね。

 

幼かった私には何も言わずそんなことをしていた親父の背中は、何十年もかけて多くのことを私に教えてくれました。

 

親父が私に伝えたいことは、私が当時の親父の歳になってやっと気づいたのです…何とも情けないやら、悲しいやら。

 

しかし、今あらためて親父の子どもでよかったなと思えます。そして、私は二人の子どもの父親になり、自分も子どもたちを“親父の背中”で育てていくべく、毎日悪戦苦闘しております。

 

お粗末さまでした。(^。^)

“子は親の背中を見て育つ”の意味

タテノです。

ここからは蛇足です。

よく、“子は親の背中を見て育つ”と言いますが、何となく意味は分かる上で、私なりに確認したいと思います。

  • 背中ということは=後ろを向いている
  • 後ろを向いている=親の顔が見えない
  • 親の顔が見えない=当然口が見えない
  • 当然口が見えない=黙ってるイメージ
  • 黙ってるイメージ=言葉ではなく行動
  • 言葉ではなく行動=行動を見て真似る
  • 行動を見て真似る=子どもは見て学ぶ

だから、

  • 子は親の背中を見て育つ=子は親の行動を見て学ぶ

 

ということなんですね、改めて。

そして、子が親の行動を見て学ぶ以上、親が子に対して「勉強しなさい」「本を読みなさい」「あれしなさい、これしなさい」と、いくら言葉で偉そうなことを言っても、行動がともなっていなければ説得力はゼロです。

 

  • 親が勉強をしていれば、子もそれに倣うでしょう。
  • 親が読書をしていれば、子もそれに倣うでしょう。
  • 親が善行をしていれば、子もそれに倣うでしょう。

 

結局、教育とは、子どもにあれこれ教え、育てるというよりは、自分自身を育てることなんでしょうね。

それに尽きる気がします。

  • 生涯、自分が学び続けること。
  • 生涯、自分を高め続けること。
  • 生涯、自分が挑み続けること。

 

それでは、今回はこの辺で。

また次のエントリーでお会いしましょう。

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