心があるからこそ苦悩もあるが歓喜もある

映画化もされた“自虐の詩”(2007年)や“空気人形”(2009年)等で有名な業田良家先生という漫画家がおられます。

そんな彼の作品の中で、私が最高傑作と思うのが、“ゴーダ哲学堂”という短編集です。

世の中ではあまりメジャーではなく、存在自体もあまり?知られておりません。

そこで、埋没している価値を掘り起こす意味で私が取り上げることにしました。

“ゴーダ哲学堂”より、いくつかの作品を選んで、それらの作品と向き合ってみたいと思います。

第一回目の今回は、私が最も感銘を受けた最終話(いきなり)の“IN MY LIFE”です。

それでは、この作品を読んで受けたインスピレーションを元に、私が『書きたい』と欲望した文章を書きます。

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私には、3歳9ヶ月になる息子がいる。

貴幸(たかゆき)。

名前には、“精神貴族たれ”との願いが込められている。

そんな息子が、今日、幼稚園に入園した。

今の私として伝えたいことを、語りかけるような気持ちで書こうと思う。

今回のエントリーを亡き父に捧げる。

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私は心を持っている。
貴幸、君も心を持っている。

私は心を持っている。

だから、偉大な曲に衝撃を受けたことがある。

ベタな選曲であることは承知した上で、ベートーヴェンの交響曲第9番とか。

世間では、第四楽章の合唱ばかりが有名だね。
でも、第一楽章から第三楽章までも実に素晴らしいと思う。

年末になると不思議とコンサートがたくさん開かれるから、新婚時代にはママと二人で聴きに行ったこともあるんだよ。

貴幸が、もう少し大きくなったら、親子で一緒に行きたいと思ってる。

“衝撃”という言葉について、私は常々こう考えている。
結局、“衝撃”こそが人生を変えるんだと。

それは、音楽に限らず、映画や漫画や書物、人物でも何でもそう。

『これは本当にスゴイ!』

そう心の底から思えるものに、貴幸が一生の間にどれだけ巡り合えるかだね。

それを一つの指針にしたらいいと思う。

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私は心を持っている。

だから、私の心は燃えたことがある。

高校一年生の時に初めて読んだ、“空手バカ一代”という作品。

牛殺しの愛称で、世界的に有名な極真会館の創設者である大山倍達氏の生涯を劇画にしたもの。

冒頭に「これは全て真実です」って宣言してあったから、私はその言葉を真に受けて、『この世に、こんなスゴイ人がいたなんて!』って、すっかり衝撃を受けて、舞い上がっちゃって、それからすぐに空手を始めちゃってね。

身体を鍛えるために、懸垂とか、ベンチプレスなんかも、鬼のような勢いで始めちゃって。

卵なんかも毎日5個とか10個とか生で飲んでたな。
今思うと、何て身体に悪いことしてたんだろうってね。

若気の至りっていうのか。でもね、もともと線が細かった体も、道場の師範から「もう体は鍛えなくていい」っ言われるくらいまで頑強になってね。

後に、色々と人の証言や本を読んでいく中で、そのほとんどが作り話だって分かったんだけど、でも、不思議とショックは受けなかったな。

私の人生に多大な影響を与えてくれたことにかわりはないし、実話かどうかは関係なく、超人を追求した男の物語という一つの創作物語として、アレは実に偉大な作品だと思うから。それだけは本当に。

高校生くらいになったら、ぜひ読んでみてもらいたいな。
別に空手を始めてほしいからじゃなく。

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私は心を持っている。

だから、私の心はをしたことがある。

学生時代は、中学から高校までを通じて、それぞれの年代において好きだった人に対して、ずっと片思いだった。

何しろ自分でも呆れるくらいモテなかったから。

地味で大人しかったし、スポーツも得意じゃなかったのに加えて、メンクイだったから余計かな?

そういう意味では、心残りの多い、後悔の残る学生生活だったね。
周りはみんな恋愛を謳歌していたから。

でも、その分、悔しさをぶつけるような思いで、どの年代でも読書に打ち込んだよ。あらゆるジャンルの本や漫画を、好奇心のおもむくままに片っぱしから読んだ。そして、思索したよ。

多いときでは、一日10冊とか。

あの頃の読書体験が今の自分(価値観、思考、着想)を創っているんだと思う。

そして。そういう過去を経て、今こうして“風来の案内人”で文章を書いているという現在に至っているのかもしれない。

そう思うと、なんとも不思議な感じがするね。

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私は心を持っている。

だから、私の心は歓喜したことがある。

社会人になって、学生時代にはまったく交際したことのなかったダサ男が、素敵な女性とお付き合いできるようになったんだね。

またまた恋愛の話で申し訳ない。

でも、自分のそれまでの恋愛観がいかに偏っていたかとか、自分がいかに卑屈だったかとか、色々分かってね。

恋をすると、いつもの景色が違って見えるって言うけど、アレは本当なんだね。

そして、ママとも出逢うことができた。

軽井沢での結婚式は忘れられない歓喜のひとときだったよ。

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私は心を持っている。

だから、みんなと心がひとつになったこともある。

高校の文化祭でね、数人の友達と、テニスコート反面くらいの大きな旗を制作した時にね、そう感じたことがあるよ。

いよいよ本番が近付いてからは、夜、みんなで学校に泊まり込んで、パイプ椅子を並べて、その上で交代で仮眠を取りながら、徹夜で頑張ったものだよ。

最後には、みんな目の下にクマが出来てて、フラフラになってて。

「苦楽を共にする」なんて言葉があるけど、人間、楽しみよりも、苦しみを共有すると、心がひとつになるもんなんだな、ってこの時に思ったよ。

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私は心を持っている。

だから、自分の心の醜さに気づいたこともある。

この地球上では、いまだに戦争や扮装、飢餓や貧困が無くなっていないし、世界のあちこちで、天災や人災、凄惨な事件や事故が毎日のように起きている現実がある。

でも、そういうものを知るにつけ、胸を痛めると同時に、『自分はなんて幸せなんだ』と安堵している自分もいてね。

誰しも、そういうものなのかもしれないけど。

男として大きく生きたい、大きなことを成し遂げたい、と思う一方で、日々のささやかな生活を守りたいっていう、醜いっていうよりは、ちっぽけな自分もいてね。

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私は心を持っている。

だから、それまでの考えをひっくり返されたこともある。

過去の哲学者や偉人と呼ばれる人の書物、現代の思想家や経営者の書いた書物。

それらを読むことで、何度もひっくり返されたね。自分の浅はかな考えを。
ひっくり返され過ぎて、元々の自分なんか今では存在しないくらい。

読書を続ける限り、これからも、ひっくり返されるんだろうね。

ミステリなんかでも、無類のどんでん返し好きだし。

でも、自分も、人々の考えをひっくり返す自分で在りたいと思っている。

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私は心を持っている。

だから、深い感銘を受けたこともある。

小学校6年の時にね、先生が数人の生徒の名前をあげて、前に出てきなさいって。放課後に、突然ね。

私にはA君っていう親友がいたんだけど、その子を日常的にイジメてるって理由で。

先生はね、前に呼び出した数人の生徒を殴ったよ。グーでね。みんなが見てる前で。女子生徒も見てる前でね。

数人の生徒は、殴られる度にそれぞれが「ヒッ」とか「うわっ」とか、声にならない悲鳴をあげていた。口や鼻から血も出てた。

でもね、殴った後で先生はクラスの全員に言ったよ。「帰ったら、今日あったことを親に言いなさい」って。それで、もし先生が間違っているなら、その時は、教師を止めるって。

先生のとった“殴る”という手段が正しいのか、間違っているのか、それは分からなかったし、今でも『何も殴らなくても…』と思う自分もいるけど、その時、先生がイジメに対して、本気で怒っていることだけは間違いなく伝わってきた。

恐ろしくもあったけど、感銘も受けたんだ。

卒業式の直前、クラスの有志で先生の自宅に遊びに行ってね。その時、殴られた生徒も全員いたから、それを見てなんだか嬉しかったなあ。

先生は、その後、校長になられ、数年前には定年退職されたって、知り合いから聞いたよ。

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私は心を持っている。

だから、大笑いしながら感動したこともある。

小林まこと先生の“柔道部物語”とかね。

アレは、腹の底から大笑いしながら、感動もできる稀有な漫画だね。

貴幸はこれから、まっさらな状態でアレを読めるんだね。

アレに限らず、私が感動した全ての作品(恩作)を、これからまっさらな状態で味わえるとは。

何とも羨ましいなあ。

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私は心を持っている。

だから、失恋して絶望したこともある。

30歳の時に、大恋愛の末、大失恋してね。

最後はメールでたくさんダメ出しされて。

ジッとしていると呼吸が苦しいから、魂の抜け殻のようになって、当時の職場があった銀座の街を亡霊のようにさ迷い歩いたもんだよ。

食事も、一週間はロクにノドを通らなくてね。こういう表現、よく使われるけど、本当に食べられなくなるんだよ。

でも、さすがに少しずつ食べられるようになっていったけど。

今では、懐かしくもホロ苦い思い出だね。

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私は心を持っている。

だから、陶酔して我を忘れたこともある。

大好きな“本格ミステリ”を読む時は、魅惑的な作品世界に入り込んで、正に我を忘れちゃうね。

叙述の名手、折原一さんの作品とか、綾辻行人さんの館シリーズとか、麻耶雄嵩さんの作品とか。

あとは、ゲームかな。我を忘れるほど陶酔した作品はいくつもあるけど、スーパーファミコンの“風来のシレン”“かまいたちの夜”は忘れがたい作品だね。

貴幸も、大きくなったら、レトロゲームってバカにしないで、ぜひやってもらいたいな。

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私は心を持っている。

だから、泣きながら仕事をしたこともある。

泣いた理由は色々だよ。

哀しかったり、悔しかったり、虚しかったり。

でもね、一番は情けなさの涙だったかもしれない。

自分はなぜこんなにも力を持て余してるんだろうっていうね。

もっと思う存分、世の中に対して、価値を創造して、価値を提供したいっていう。

そんな、やきもきするような情けなさかな。

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私は心を持っているから。

なにげない風景の美しさに感動したこともある。

旅行先で出逢った絶景の数々にも感動したけど、日々の散歩で見かける名も知らぬ花に、生命の不思議さや、自分が生きていることの不思議さを思ったり。

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私は心を持っているから。

ときに、しょうもないことで落胆することもあった。

というか、落胆することは大抵しょうもないこと。

若い頃、観たかったテレビ番組を見逃して、落胆したり、綺麗に所有しておいた、漫画に醤油をつけて落胆したり。アマゾンで同じ本を二冊買って落胆したり(それも数回)。

『俺って小さいなあ』って何度思ったことか。

もっと大きなことで落胆する人物にならないとね。

でも、様々な経験によって、しょうもないことで落胆することも今ではだいぶ減ったかな。

こうしてふり返ってみると、人生の途上では実に色々なことがあったなあ…しみじみそんな風に思う。

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あのね、貴幸。

そんな心は何のためにあると思う?

自分だけがさまざまな感情を味わうためなんだろうか?

正解はないけど、私はこう思ってる。

人の心をわかるためなんだと。

痛みも、哀しみも、喜びも。
怒りも、苦しさも、切なさも。

貴幸、生きることは、切ないことだよ。
決して、楽しいこと、面白いことだけじゃない。

でも、それは、自分だけじゃなく、誰もがそうなんだ。
目の前の相手も。きっとね。

人が苦しんでいる場面を見れば、自分も辛くなる。
人が泣いている場面を見れば、自分も哀しくなる。
人が喜んでいる場面を見れば、自分も嬉しくなる。

それは、君に心があるから。

人間の弱さを腹立たしく思うときもあれば、
人間の強さを誇らしげに思うときもあると思う。

人間の醜さや汚らわしさに悲観するときもあれば、
人間の美しさや可愛らしさを愛しく思うときもあると思う。

人間による不条理な悪行に絶望するときもあれば、
人間による不条理な善行に涙するときもあると思う。

でも、それは、君に心があるから。

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私は心を持っている。

君も心を持っているよね、この世界に答える心を。

なあ、貴幸。

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