もののけ姫アシタカの断行する意志

今日の夕方頃、私が親しくお付き合いさせていただいている坂井氏(彫刻家)のアトリエ(埼玉県川口市)に遊びに行くと、“アシタカ”もののけ姫)のフィギュアが飾ってありました。

「ジブリからついに届いたんですね!?」

「はい」

「本当に頂戴してもよろしいんですか?」

「はい。もしもご迷惑でなければ…」

「迷惑なワケないですよ。ありがとうございます!」

 

アシタカのフィギュア

話は昨年の11月にさかのぼります。

私のスマホに彼から電話がありました。

その時は出られなかったので、しばらくしてから電話を折り返しましたが、呼出音を聞きながら『何かあったのかな?』と胸騒ぎがしたのを覚えています。

電話はすぐに繋がりました。

「お久しぶりです」と挨拶をかわすと、いくぶん恐縮されたような感じで、“アシタカ”のフィギュア(正式にジブリの商品として)を制作したことを教えてくださいました。

あの“アシタカ”のフィギュアを坂井さんが…。

私は、嬉しさのあまり、お祝いの言葉もそこそこに『いかに自分がアシタカに対して深い思い入れがあるか』をハイテンションで伝えました。

すると、そんな私の勢いに圧倒された?のか「今度現物が届いたら差し上げます」と笑いながら言っていただきました。

私はそんなつもりで言ったワケではないので、丁重にお断りしましたが、内心では小躍りするほどに嬉しかったのを覚えています。

シリアルナンバーもついてない幻?のバージョン

ちなみに、ジブリがグッズデザインを外部のクリエイターに依頼するのはあまり例がないとのこと。

大好きな“アシタカ”の、しかも大好きな“旅立ち”のシーン。

私にとって、生涯の宝物となりました。

 

アシタカの意志

私にとって、“アシタカ”というキャラクターは、自らの意志を貫くことを体現している象徴のような人物です。

アシタカ 戦士 – Google 画像検索

それは、例の10人がかりでなければ開かない村の正門を右手一本で開けるシーンで、特に印象的に描かれています。

いくら(右手に猪神の呪いを受けたことで)人間離れした力を手に入れたとはいえ、村人からは思いとどまるよう言われ、腹部は矢で撃ち抜かれ、さらにはサンを抱えているという、絶望的に力が出ない状況であるにもかかわらず、それでも門を開けてしまうという…。

アシタカの意志がどれだけ確固たるものなのかが観る者の胸にガツンと迫ってきます。

 

アシタカの如く

よく、成功哲学や自己啓発で、オススメの思考法として紹介されているものに、『こんな時、◯◯(自分が憧れる人の名前)だったらどうするか?』というものがあります。

今回の場合で言うと、『こんな時、アシタカだったらどうするか?』ですね。
(漫画やアニメの登場人物に限らず、実在の人物であったとしても)

~憧れる人の例~

  • 『こんな時、アシタカだったらどうするか?』
  • 『こんな時、ルフィだったらどうするか?』
  • 『こんな時、孫悟空だったらどうするか?』
  • 『こんな時、承太郎だったらどうするか?』
  • 『こんな時、シャアだったらどうするか?』
  • 『こんな時、リヴァイだったらどうするか?』
  • 『こんな時、伊達直人だったらどうするか?』
  • 『こんな時、ゴルゴ13だったらどうするか?』
  • 『こんな時、ルパンだったらどうするか?』
  • 『こんな時、冴羽獠だったらどうするか?』
  • 『こんな時、ケンシロウだったらどうするか?』
  • 『こんな時、ドラえもんだったらどうするか?』
  • 『こんな時、アンパンマンだったらどうするか?』
  • 『こんな時、イチローだったらどうするか?』
  • 『こんな時、孫正義だったらどうするか?』
  • 『こんな時、松下幸之助だったらどうするか?』
  • 『こんな時、本田宗一郎だったらどうするか?』
  • 『こんな時、吉田松陰だったらどうするか?』
  • 『こんな時、ガンジーだったらどうするか?』
  • 『こんな時、チェ・ゲバラだったらどうするか?』
  • 『こんな時、ジョン・レノンだったらどうするか?』
  • 『こんな時、スティーブ・ジョブズだったらどうするか?』

 

でも、そんなことを思っても意味がないと私は考えています。

なぜなら、そんなことを思っている時点で、自分がアシタカ本人ではないことの何よりの証拠になるからです。

当たり前すぎる話で恐縮ですが、アシタカ本人が、『こんな時、アシタカだったらどうするか?』なんてことは思いません。

これは、屁理屈ではなく、真面目な話です。

また、アシタカが『こんな時、◯◯(自分が憧れる人の名前)だったらどうするか?』なんてことも思ったりはしません。

では、凡人の私が少しでもアシタカ(今回の場合、私の場合)に近づきたいとしたら、どうすればいいのでしょうか?

結論から申しますと、まず、自分はアシタカには絶対になれないということを認識することから始めるべきであると私は考えます。

いや、それはアシタカに限らずですし、私に限らずです。

つまり、アシタカではなく、誰(自分が憧れる人の名前)であっても、私はその人物にはなれませんし、私以外の誰であっても、アシタカにも偉人(その人が憧れる)にもなれない。

まずは、ここから始めてみようではないかと。

ちなみに、こういう当たり前のことから、ひとつひとつ確認して積み上げていくことが重要であると私は認識しています。

次に、上辺の行動だけをなぞって、真似しようとしてもダメです。

昔、ブルース・リーの映画を観た人が、映画館を出た後で、自分も強くなったような気がして、カンフーの真似事をしたみたいな話がありますが、要はその滑稽さと似ています。

bruce lee action scene – Google 画像検索

そんなことをしても、似て非なるものどころか、似ても似つかないダサダサ人間の出来上がりです。

アシタカにしろ、ケンシロウにしろ、ルフィにしろ、孫悟空にしろ、孫正義さんにしろ、誰でもいいですが、彼らの言動をストレートに真似することなんてできません。

我々と彼らとでは、生きている世界も置かれている現実も、とにかく何から何まで違うからです。

  • 出自も違う
  • 才能も違う
  • 性格も違う
  • 外見も違う
  • 体質も違う
  • 感覚も違う
  • 感性も違う
  • 能力も違う
  • メンタルも違う
  • 生活環境も違う
  • 人間関係も違う

 

だから、『こんな時、アシタカだったらどうするか?』と考えたところで、自分なりに出した結論がアシタカ(自分が憧れる人の名前)の思考とは似ても似つかないものになる公算は高いです。

ではどうしたらいいのか?

私が推奨するのは、

心を知ることです。

その人物になれなくても、言動を真似することはできなくても、心を知ることはできる。

もしくは、心を知ることはできなくとも、心に迫ることはできる。

  • 『アシタカは、日々何を願って生きているんだろう?』
  • 『アシタカには、どういう思想信条があるんだろう?』
  • 『アシタカが、あの選択をしたのは何故なんだろう?』

 

そして、そのためには、漫画やアニメのキャラクターであれ、実在する(した)人物であれ、そのキャラクター(人物)の人生に思いを馳せて、感動したシーン(逸話)や、印象に残っているセリフなどを頭に思い起こして、思いを深めることが重要であると私は考えます。

そして、思いが深まるために必要なものは時間です。

熟成時間と言ってもいいでしょう。

『この人のように生きたい!』と衝撃を受けるのは瞬間であり、衝撃を受けた上で、深い思いを育んでいくのは時間です。

強き思いは瞬間に生まれ、深き思いは時間によって育まれる。

そんなカンジでしょうか。

ですので、私の場合であれば、『こんな時、アシタカだったらどうするか?』なんてことは考えず、アシタカの言動を回想しながら、あれこれと思いを巡らすことだけをしています(楽しみながら)。

そして、そのことによってのみ、アシタカ(自分が憧れる人の名前)の魂を、私の人生と現実に投影できるのではないか。

そんな風に思っています。

ただ、他人から見た時に『お前さんの、いったいどこがアシタカなんだよ(笑)』『アシタカが聞いて呆れるよ(怒)』となりますが、そんなことは関係ありません。

どこ吹く風ってなモンです。

なぜなら、あくまでも、私としての、アシタカという人物の解釈であり、表現であり、体現だからであって、私だけがソッと胸に秘めていればいいからです。

それでは、今回はこの辺で。

また次のエントリーでお会いしましょう。

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